最終更新日 2026年8月28日 by eliyeliy

食事中に「ガリッ」と嫌な音がして、口の中に硬いかけらが残っている。
転んだ拍子に前歯をぶつけて、鏡を見たら角が欠けていた。
歯科衛生士の井上佳奈です。
歯のケガは、最初の30分の動き方でその後が変わることがあります。
この記事では、欠け方ごとの急ぎ具合、かけらや抜けた歯の正しい保存方法、やってはいけない行動までまとめました。
覚えて帰ってほしいのは「乾かさない」と「その日のうちに連絡する」の2つです。

まずは深呼吸。欠け方で急ぎ具合が変わります

歯は3つの層でできています。
いちばん外側が白いエナメル質、その内側が黄色っぽい象牙質、真ん中に神経と血管の通った歯髄があります。
どの層まで達しているかで、対応のスピードが変わってきます。
鏡の前で一緒にチェックしましょう。

白い部分が少し欠けただけ

先端の角が少し欠けた程度で、しみる感じも痛みもない場合は、エナメル質だけで済んでいる可能性が高いです。
このタイプは緊急性が低く、数日以内に歯科医院で診てもらえば間に合うことがほとんど。
ただし「痛くない=治療がいらない」ではありません。
欠けた断面はザラついていて汚れがたまりやすく、そのままにしておくと虫歯の入口になります。
舌や唇を切ってしまう人も多いので、早めに丸めてもらったほうが日常のストレスも減ります。

黄色っぽい層が見えている

欠けた面の中央あたりが黄色〜クリーム色に見えるなら、象牙質が露出しています。
象牙質には神経へつながる細い管が無数に通っているので、冷たい水がキーンとしみたり、風が当たるだけでピリッとしたりします。
この状態は数日以内、できれば翌日には受診してください。
露出した象牙質から細菌が入ると、神経が炎症を起こして治療が大がかりになります。

赤い点が見える・グラグラする・歯ごと抜けた

欠けた面に赤い点がのぞいていたら、歯髄(神経)が露出しています。
ズキズキとした強い痛みや、出血をともなうことも。
ぶつけて歯が動く、位置がずれた、歯ごと抜けたという場合も含めて、ここからは「今すぐ」の領域です。
日本歯科医師会が運営するテーマパーク8020の「歯の外傷」でも、抜けてしまった歯は受傷後30分以内の処置が望ましいと案内されています。
迷う時間がもったいないので、まず歯科医院へ電話しましょう。

歯が欠けた・折れたときの応急処置

慌てて口をゆすいだり、かけらを捨ててしまったりすると、あとで取り返しがつきません。
順番だけ頭に入れておいてください。

先に全身の状態を確認する

転倒やスポーツ中の衝突で歯を打った場合は、歯より先に見るところがあります。
頭を打っていないか、吐き気やめまい、ぼんやりした様子はないか。
こうした症状があるときは、歯科より先に脳神経外科や救急外来を受診してください。
歯は後から手を打てますが、頭部のケガは時間との勝負です。

唇や歯ぐきから出血しているときは、清潔なガーゼやハンカチを当てて5〜10分ほど押さえます。
途中で何度も外して確認すると、固まりかけた血が流れてしまうので、じっと待つのがコツ。
血が止まらない、傷が深いというときは、口腔外科のある歯科医院や病院を選びます。

かけらと抜けた歯を探して確保する

床に落ちたかけらでも、抜けてしまった歯でも、まずは探して確保してください。
欠けたかけらが大きければ、そのまま接着して形を戻せることがあります。
抜けた歯は、状態がよければ元の位置に戻す「再植」ができます。
「もう使えないだろう」と自己判断して捨ててしまうのが、いちばんもったいないパターンです。

見つからないときも要注意で、飲み込んでしまった可能性や、唇の内側に刺さっている可能性があります。
MSDマニュアル家庭版でも、脱落した歯が見当たらない場合は誤飲や気道への吸い込みを疑うべきとされています。
探しても出てこないときは、その旨を歯科医院に伝えてください。

痛みとしみる感じへの対応

痛みが強いときは、市販の鎮痛薬を用法どおりに使って構いません。
頬の外側から冷たいタオルで軽く冷やすのも有効です。
ただし氷を直接当てて長く冷やし続けるのはやめてください。
血流が落ちすぎて、かえって治りに影響します。
気になって舌でペロペロ触ってしまう人が多いのですが、これは我慢どころ。
欠けた断面は思っている以上に鋭く、舌を切ってしまいます。

抜けた歯・かけらは「乾かさない」が鉄則

ここがこの記事でいちばん大事なところです。
歯の根っこの表面には、歯根膜という薄い組織がついています。
これは歯と骨をつなぐクッションのような膜で、生きた細胞の集まり。
乾燥にとても弱く、この細胞が死んでしまうと、歯を元に戻してもうまく定着しません。

触っていいのは歯の頭だけ

抜けた歯を持つときは、噛む面や白い部分(歯冠)をつまみます。
根っこの部分は絶対に指でこすらないでください。
歯根膜がはがれてしまいます。

砂や泥がついているときだけ、流水で10秒ほどさっと流します。
このときも、指でゴシゴシこすったり、消毒液や石けんを使ったりするのはNG。
学校保健ポータルサイトの「学校での応急処置・対応」でも、歯根に付着した軟組織まで洗い流さないよう注意が呼びかけられています。

何に浸けるかで、持ちこたえる時間が変わります

保存する液体には向き不向きがあります。
手元にあるもので比べてみてください。

保存方法歯根膜が保てる目安手に入れやすさひとこと
歯の保存液24時間以上学校の保健室、一部の薬局最も条件がよい
牛乳約6時間コンビニ・自販機成分無調整のものを
生理食塩水数時間薬局開封済みの古いものは避ける
口の中(舌の下)短時間どこでも誤飲の危険があり子どもには不向き
水道水不可細胞が壊れるため使わない

意外に思われるのが、水道水がいちばん相性が悪いという点です。
水は歯根膜の細胞にとって濃度が薄すぎて、細胞が水を吸って壊れてしまいます。
「とりあえず水につけておこう」が、いちばんやりがちで、いちばん惜しい選択です。

歯の保存液は、ネオ製薬工業のティースキーパー「ネオ」が代表的で、学校や部活動の救急箱に常備されていることがあります。
お子さんがコンタクトスポーツをしているご家庭なら、家に1本置いておく価値はあると思っています。

30分という数字の意味

よく言われる「30分以内」は、歯根膜が乾燥に耐えられる限界の目安です。
裏を返せば、適切な液体に浸けてあれば、この時間はぐっと延びます。
だから焦って走り出す前に、まず保存。
そのうえで歯科医院に電話をかける、という順番で大丈夫です。

やってはいけないことと、受診までの過ごし方

よかれと思ってやったことが、治療の選択肢を狭めてしまうケースがあります。

自分でくっつけようとしない

いちばん多いのが、市販の瞬間接着剤で欠けた部分を戻そうとするパターンです。
接着剤の成分は歯や歯ぐきに使うことを想定していません。
神経に刺激を与えますし、除去に余計な時間と歯質の削除が必要になります。
入れ歯用の接着剤や絆創膏で固定するのも同じ理由でやめてください。

ぐらついている歯を指で動かして確かめるのも避けたいところ。
気になるのは分かりますが、揺らすたびに歯根膜と骨の傷が広がります。

食事・歯みがき・お風呂はどうする

受診までの間は、次のように過ごすと安心です。

  • 食事はケガをしていない側で、やわらかいものを選ぶ
  • 熱いもの・冷たいもの・甘いものは、しみやすいので避ける
  • 患部の周りはブラシを当てず、他の歯はいつもどおり磨く
  • 長風呂・飲酒・激しい運動は、血行がよくなって痛みが強まるので控える

口をゆすぐときは、ブクブクと勢いよくやらず、水を含んでそっと流す程度に。
出血しているときは特に、固まりかけたかさぶたを流さないよう気をつけます。

夜間や休日、そして子どもの乳歯のとき

診療時間外にケガをしたときは、自治体の休日夜間歯科診療所を調べてください。
「◯◯市 休日 歯科 救急」で検索すると、当番医の一覧が出てきます。
どこも開いていない場合でも、抜けた歯を正しく保存しておけば、翌朝の受診で間に合う可能性が残ります。

お子さんの乳歯が抜けた場合は、対応が違います。
乳歯は原則として再植しません。
下で育っている永久歯の芽を傷つけたり、変色や形の異常につながったりする恐れがあるためです。
とはいえ受診は必要で、根が残っていないか、永久歯に影響がないかを確認してもらいます。
抜けた乳歯も、判断材料になるので持っていってください。

歯科医院での治療と費用の目安

実際にどんな治療になるのか、見通しが分かると気持ちが落ち着きます。
費用は医院や地域で幅があるので、あくまで目安として見てください。

欠けが小さい場合

歯科用のプラスチック(コンポジットレジン)を詰めて、その日のうちに形を戻せることが多いです。
色を合わせて盛り、光で固めて磨けば終わり。
1回30分ほどで済みます。

大きく折れた・神経に達した場合

神経が露出していれば、神経を保護する処置か、根の治療(根管治療)が必要になります。
根の治療は数回の通院が必要で、その後に土台を立てて被せ物を入れる流れ。
折れ方によっては、周りの歯と固定して安静を保つこともあります。

状態主な治療保険3割負担の目安自費の目安
小さな欠けコンポジットレジン充填1,500〜3,000円程度ダイレクトボンディング1〜5万円程度
前歯の表面の欠け被せ物・ラミネートベニア5,000〜1万円程度5〜10万円程度
大きな破折根管治療+被せ物数千円×複数回+被せ物代セラミッククラウン7〜18万円程度
歯ごと脱落再植・固定内容により変動

保険とセラミックのどちらを選ぶかは、前歯かどうか、見た目をどこまで求めるかで変わります。
私は「毎日鏡を見て気にならないほうを選んでください」とお伝えしています。
迷ったら、その場で決めずに見積もりをもらって持ち帰るのもありです。

歯を残せなかったとき

再植がうまくいかない、根が縦に割れているといった場合は、抜歯になることもあります。
その後はブリッジ、部分入れ歯、インプラントから選ぶ流れ。
ただ、この判断は数か月かけて経過を見てからになることが多いので、初日にすべてが決まるわけではありません。

もう一度繰り返さないためにできること

ケガの直後は落ち込むものですが、次に備えられるのがこのタイミングでもあります。

スポーツをするならマウスガード

バスケットボール、サッカー、格闘技など、接触の多い競技では口のケガが起こりやすいです。
日本スポーツ歯科医学会のマウスガードに関するページでは、標準的な製作ガイドラインが公開されていて、歯科医院での相談がすすめられています。
市販のお湯で成形するタイプもありますが、フィットが甘いと外れやすく、効果が下がります。
歯型を取って作るカスタムメイドなら、しゃべりやすさも段違い。
うちの患者さんでも、部活で一度歯を折ったお子さんは、ほぼ全員が作って戻ってこられます。

食いしばり・歯ぎしりを疑ってみる

外からぶつけていないのに歯が欠けた人は、こちらが原因かもしれません。
朝起きたときに顎がだるい、頬の内側に噛んだ跡の線がある、歯がすり減って平らになっている。
思い当たるなら、就寝時のナイトガードで歯を守れます。
日中の食いしばりは、パソコンやスマホに集中している時間帯に起きやすいので、付箋を貼って気づけるようにするだけでも変わります。

爪切り代わりに歯を使う、袋を歯で開ける、氷をガリガリ噛む。
このあたりは、私が指導のときに必ず確認する項目です。
歯は硬いけれど、意外ともろい。
一度欠けた歯は、同じ場所がまた欠けやすくなるので、習慣のほうを変えていきましょう。

まとめ

歯が欠けた・折れたときにやることは、そんなに多くありません。
頭を打っていないかを確かめて、出血を押さえる。
かけらや抜けた歯を確保して、保存液か牛乳に浸けて乾かさない。
そして、その日のうちに歯科医院へ連絡する。
この3つができていれば、歯を残せる可能性はぐんと上がります。

やってしまいがちな水道水での保存と、接着剤での応急補修だけは避けてくださいね。
そして落ち着いたら、マウスガードや食いしばりのことも一度考えてみてください。
歯は生えかわりません。
でも、守り方はいつからでも身につけられます。